


あらすじ
肱川邸までの運送を
無事に完了した嘉麻戸七。無知の振替。それは
肱川公が描く統治の完成形。以下から、物語が始まります。
嘉麻戸七は味わう。
「こりゃあご馳走です。」
大部屋中央に座る嘉麻戸。静謐に箸を近づける。

この四角い。なんだ。
尻を覆う敷物。


ー断るからもらえないよ。
ー要らぬ。"私たちを守る為"、配置された人員、肱川守警籮の実行部隊。食べたことのなかった"気遣い"。初めて捧げられる"命の安全"。嘉麻戸は知らなかったその感動には、
「武力を備えている。」
冷静なもう一人の自分が調節に入る。
この手厚い防衛の中、一介の歩荷人に何を頼もうとゆうのか。話の内容次第で揺らぐ条件について。断る。逃げる。の初志貫徹?十両を貰い受け、双六を"上がる"なら、それなら受ける条件は?では、受けた"振り"をする条件は?


人外不屈の彼女でも、角成の指揮の元で不眠不休を強いられれば、いずれは詰み。そして満身創痍の人間に好条件は出ない。つまり今。 この瞬間がテコで持ち上がる最大重量。御仁が切る手役次第では、これらも見える。違法博徒人相書の散布。
即日、豊臣方に間者として指名手配。誇り高き尻敷きにはあれと同じを覚える。呑めても酔えない不純な酒、そんな不穏。嘉麻戸は生まれて初めて、自ら箸を置いた。ーまぁ芋なわけがないよね。
ー同意。角姉さんが惚れてる銭袋。

文禄が終わる年にさしかかり。

冬も終わる。嘉麻戸はこの冬を屋敷で過ごした。肌寒くなる前にここに来てから二百と数食を腹に納めた頃、いわゆる丁稚奉行を完了する。人外と称されるこの私が。
丁稚奉公。ーまんまと。
ーまぁそうとも言えるよね。記憶できた顔の記憶。
それは熊だけども。
輪郭を持ってそこにいる。
近くにお面が揺れる。
そのお面越しに放つ女の名は「角成」。「おい嘉麻戸。
うちの銀全部食っちまったってな。責任はとってもらうか。」



快晴の秋。そんな日があった。「寝食つけて、金子五両前払い。完遂すれば更に5両ぞ。嘉麻戸。」
そこで合理の天秤につまれる。
「不知人の持病にアテがある、これはどう取る。」
ー"破竹の稼働効率" と "異国の蘭学"。ジャッ......秤の底が地につくやいなや、即時の契りを交わす。五両の隠し蔵まで取れる事は想定内、治療が始まる。角成の両目は仮面越しに嘉麻戸七を見据えている。嘉麻戸七は徳川輸送を見切る。グクッ......ミシミシ.....割れそうな天秤の皿の上に。
噛まずとも飲み込める。




対面する男。長浜港肱川貿易施設頭目
伊予国代官政官 肱川守鷲鼻の陰影が濃く、深い色の黒目。
輪郭に確かに漂わせている風格。同種同格の人ではないとすれば、並列的な扱いを躊躇わせるだろう。
------------ぽつ------------
「私は、“争い”が生まれる仕組みをずっと見てきた」彼の声に嘉麻戸は得心する。
これは影武者ではない、伊予国代官。
紛れもなく、肱川守であると。これほどまでに言語は洗練される。
体感することになったのは為政者の圧の味、厚み。
肱川公の声、一滴一音が濃いのか。ドッッッッ。。。ドッドッドッ。。。自らの動悸に驚く七は箸が止まる。
反射的に構えた事は見逃してもらえたのか。声はそれを狙ったのか?ー七、もう食うな。
ーふぅぅ。
枝分かれした想定を線にする交渉方法はやめた。肱川の真意を汲み取る探知の方に必要を感じたからである。「それはいつも、“知った後”に始まる。誰かの顔、名、言葉、背景、信仰、思想……
知ってしまうから、違いが生まれ、違いがあるから、恐れが生まれ、恐れがあるから、いずれ、攻められる前に攻める。自然にこうなる。」

七はこの数ヶ月、外門で迎えられてから先刻まで。代理の男を肱川公と信じ、疑うこともなかった。
これが正に無知の機構を反射する。角成の印象操作、死にたがりのもう一人の人外も、手慣れたものだった。
真理。知らない人は殺せない。思考を進める。
「……知らなければ。。。」嘉麻戸の確認に対し合意を示す。
「“無知”は、例えるなら、
その器によそう米のような。
"無知"の状態とは無垢の状態。
こと政においては、西洋蘭方さながらに、"知らなくていい事"を刃のついた箸で取り除く事。
悪意、復讐、謀反の若い芽。
それらを咲かせない。
食える量だけを食らう術を。」食の例えは通例なのか。「嘉麻戸。
無知を固定したい。
西と東で分かつ。
肱川もそうだ、淀めば枯れる。
心は水のように流れてこそ。」一切の揺らぎを感じない。肱川公は本気で計画を策定した。
ないはずの暗黒が男の背景に口を開くのをみて取る。
「石川から白浜に連なる四つの山。白山、伊吹山、大峰山、そして紀伊山地。ここを通行不可能にする」ー諦めてた空想だったけどこれなら叶う。ーー移民の導線、戸籍の管理は心の臓。ー絡めとるなら番犬ではいられない。天秤に載る副産物は嘉麻戸七の悲願。
嘉麻戸しか気づけない副菜の香り。
一切の興味が湧かない。
その顔を今しちゃってたね?うん、ないよね、無知の振替政策にも、目の前の悪そうな領主にも。曇天の積雲は大雨を降らせている。
思考を続け、現実的に起きうる問題につきあたると。「それだけじゃ……」
肱川公が欠如を埋める。
「足りない。西で生まれた子供は帰属意識がつかないうちに東側に移住。東で暮らした青年は、西へ。」怠け癖のついた大名連中ですら、
江戸までいくまで列挙するのは何故だ?そう嘉麻戸に問うても、「誰も殺されたくないからだ。」
と補足せず。代わりに「払いたくないからだ、罰符を。」と聞こえたが、闇の一端にその権力の輪郭を見せている。「……喧嘩する相手の名前、
顔、知らないようにするんだ」嘉麻戸はその合理性を解こうとしていた。マドナに強く響いているのは、彼女が復讐や個人攻撃をしないからだ。それは相貌失認症である故に
個の認識がなく、それは転じて、
攻撃性に直結しない事実を心得る。イカサマ師を失禁させた賭場を思い返す。憤怒する麻戸七を見るかぎりでは、暴風を固めて固めて女の形にしたのだと思う。ーハハハハ。
火鉢の中の炭がはぜる音が、
やわらに溶けては空気に混ざる。「“無知の振替”──争いを避ける統治。徳川の鶴のような。平和を取り繕った侵略戦争とは違う。」嘉麻戸七は常に合理を行動原理として機能する。合理の天秤が示す欲。欲望が定まったのは、
「その考え方あたし好きじゃない」
肱川だけではない。
「でも、すごく合理的だと思うよ」肱川守は何も言わない。雷が遠くで鳴った。
火鉢が放つ熱線は狐面に冷やかな反射光を散らしている。ふたりは、互いの顔を知らないまま
同じ未来を見つめていた。//////////無知の振替 了//////////